ここでは、性ホルモンが与える影響について、思春期に発症するにきびの研究を解説し、毛包との関連性について考えていきます。
にきびに関与する性ホルモンの研究
思春期に分泌が増える性ホルモンは、身体を男性的、女性的な特徴に変化させ、毛包に対しては、成長の促進と阻害という、両方の働きを持っていました。
そして、男性ホルモンであるアンドロゲンは、同時に皮脂の分泌を増やすことで、男女ともに尋常性痒疹、いわゆる「にきび」に発展してしまう人もいます。
▲おでこのひきび(引用:wikipedia)
一般的に、にきびは皮脂分泌の増加と、アクネ菌の異常な増殖、面皰形成と呼ばれる毛穴の異常な角質化などの複数の要因により発症することが分かっています。
皮脂を分泌する皮脂腺細胞にはアンドロゲン受容体が発現していて、血中からのアンドロゲンが作用することにより、皮脂の分泌量が増加します。
しかし、毛孔部の異常な角質化についてはその原因が解明されていませんでした。
今回は、性ホルモンが毛孔部の角化に与える影響について調べた、2019年の東北大学大学院の研究を紹介します。
アンドロゲンが毛穴の異常な角化を誘導する
まず、この研究の結論から述べます。
思春期に分泌が増えた血液中のアンドロゲンが、皮膚の真皮中の線維芽細胞のアンドロゲン受容体に結合し、FGF10などの細胞成長因子の発現を増加させます。
▲アンドロゲンが線維芽細胞に作用して角化細胞の異常な角化を促す
FGF10は、毛穴部分の角化細胞のFGF受容体2に結合することで、ケラチン1、5、10、14の発現を減少させ、ケラチン1/10比、ケラチン5/14比を変化させていました。
特にDHTでは、ケラチン1と10の発現量の減少が顕著で、このケラチン比の変化が毛穴部分の異常な角化をもたらし、にきびの原因の一つとなっていました。
一方、エストロゲンは線維芽細胞の細胞成長因子や、角化細胞のケラチン発現量に対して、特に大きな影響を与えることはありませんでした。
また、前立腺がん治療薬のフルタミドの投与は、線維芽細胞でのアンドロゲン受容体に対し、テストステロンと拮抗的に作用することで、FGF10の発現量を減少させました。
このことから、思春期においては、アンドロゲンの分泌増加が毛孔部の異常な角化を誘導し、その影響でにきびを発症していることが分かりました。
性ホルモンの角化細胞への直接的な作用の有無
では、上記の結果に至る実験について、順を追って解説していきます。
まず実験では、アンドロゲンやエストロゲンなどの性ホルモンが、直接、角化細胞に対し、ケラチン発現量に影響を及ぼすかを調べます。
皮膚の表皮では、有棘細胞と顆粒細胞がTypeⅡのケラチン1とTypeⅠのケラチン10が、基底細胞がケラチン5とケラチン14がペアとなってケラチン線維を作り出しています。
性ホルモンとしては、アンドロゲンのテストステロンとDHT、エストロゲンの17αーエストラジオールと17βーエストラジオールを10(-7)、10(-6)mol/Lの2種の濃度を用います。
そして、それぞれの性ホルモンにより角化細胞を刺激し、各種ケラチンの発現量を調べました。
▲性ホルモンが角化細胞のケラチン発現量に与える影響
すると、17αエストラジオールの10(-7)Mにおいて、TypeⅠのケラチン10とケラチン14が僅かに上昇したくらいで、他のホルモンは有意な影響は見られませんでした。
角化細胞には、アンドロゲン受容体やエストロゲン受容体はないと考えられていて、やはりケラチンの産生に直接影響を与えることはなさそうです。
性ホルモンが線維芽細胞に対して与える細胞成長因子の変化
次に、これらの性ホルモンが、FGF10やIGFBP5など、真皮の線維芽細胞が生み出す種々の細胞成長因子に対して、何かしらの影響を与えるかについて調べます。
同じくアンドロゲン2種とエストロゲン2種を、2種の濃度で24時間、線維芽細胞を刺激し、アンフィレグリン、エピレグリン、FGF10、IGFBP5の発現量を調べました。
アンフィレグリンとは表皮細胞の細胞成長因子、エピレグリンも同じ上皮成長因子、IGFBP-5はインスリン様成長因子結合タンパク質-5のことです。
ちなみに、表中の「*」は、その変化が有意であることを示しています。
▲性ホルモンが線維芽細胞の成長因子の発現に与える影響
結果は、テストステロンやDHTは線維芽細胞に作用し、細胞成長因子であるアンフィレグリン、エピレグリン、FGF10、IGFBP-5、全ての産生を増加させることが分かりました。
特に、AREG、EREG、FGF10では10(-7)Mで3~4倍程度も発現量が増加しています。
一方、エストロゲンでは、これらの細胞成長因子の発現に対し、有意な変化は見られませんでした。
FGF10が角化細胞に対して与えるケラチン発現量の変化
次に、線維芽細胞から産生された細胞成長因子の中で、最も発現量が多かったFGF10が、角化細胞にどのような影響を与えるかについて調べました。
角化細胞を、1ng/mlと10ng/mlの濃度のFGF10で24時間、または48時間刺激し、ケラチン1、ケラチン10、ケラチン5、ケラチン14のmRNAの発現量を調べました。
▲FGF10が角化細胞のケラチン発現量に与える影響
すると、どの濃度のFGF10でも、これら4種のケラチン発現量を抑制することが分かりました。特に、ケラチン1とケラチン10、ケラチン5の抑制量は顕著でした。
これらのことから、アンドロゲンの作用により、線維芽細胞から発現したFGF10が、角化細胞の各ケラチンの発現量を抑制していると考えられます。
性ホルモンが線維芽細胞を通してケラチン発現量に与える影響
次に、実際にそれぞれの性ホルモンが、線維芽細胞に各細胞成長因子の発現を通して、角化細胞のケラチンの発現量にどのような影響を与えるのかを調べました。
その方法は、角化細胞を線維芽細胞と共培養し、それぞれの性ホルモンによって48時間刺激することで、角化細胞の各ケラチンのmRNA発現量を調べるというものです。
▲性ホルモンが線維芽細胞を通して角化細胞のケラチン発現量に与える変化
すると、テストステロンやDHTは各種ケラチンの発現量を減少させましたが、DHTが最も顕著であり、ケラチン5とケラチン14より、ケラチン1とケラチン10の方が顕著でした。
エストロゲンもケラチン1、ケラチン10に関しては僅かばかり減少させていましたが、ケラチン5、ケラチン14に関してはむしろ変わらないか、増加させていました。
実際のにきびにおける各種ケラチンの比率
ここで、細胞成長因子の影響がない、にきびを発症した皮膚と正常な皮膚において、実際のケラチン10とケラチン14の発現比率と、皮膚の厚さを比較してみます。
すると、ケラチン14に対するケラチン10の割合は、正常な皮膚に比べて、にきびの皮膚ではかなり低くなり、表皮の厚さに関しては、にきびの方で厚くなっていました。
アンドロゲンは線維芽細胞に作用することで、ケラチン14よりケラチン10を減少させていたため、今回の実際のにきびにおけるケラチン比と合致します。
つまり、にきびの毛穴の異常な角質化は、アンドロゲンが大きく影響していることが考えられます。
フルタミド投与による細胞成長因子の発現変化
また、同じ実験で、線維芽細胞をテストステロンとDHTで刺激し、前立腺癌の治療薬であるフルタミドを投与することで、各細胞成長因子の発現量の変化も調べています。
フルタミド(FTM)は、アンドロゲン受容体に対し拮抗的に結合し、アンドロゲンの効果を抑制する作用があります。
▲アンドロゲンとフルタミドによる線維芽細胞の細胞成長因子発現量
すると、テストステロンだけの時と比べて、フルタミドを同時に投与すると、アンフィレグリンなどの各種細胞成長因子の発現が抑えられることが分かりました。
しかし、DHT処理をした線維芽細胞では、フルタミドを投与しても、細胞成長因子の発現量に変化はないどころ、逆に上昇がみられました。
これは、フルタミドのアンドロゲン受容体の結合力は、テストステロンより強力であるものの、DHTよりは劣るため、DHTのアンドロゲン受容体への結合を防げないためです。
そのため、DHTが線維芽細胞に作用することにより、各種細胞成長因子の発現を促し、にきびを発症させると考えられるのです。
毛包についても同様だと考えられる
今回の実験は毛穴部分の皮膚、つまり表皮から外毛根鞘に変わるちょうど境の部分であり、完全に毛包の奥の外毛根鞘部分の研究とは言えません。
しかし、毛包はそもそも表皮から連続する表皮由来の細胞であり、毛包のケラチン発現も、皮膚の表皮と同様、ケラチン5とケラチン14のペアが基本になります。
上の表からも分かるように、外毛根鞘と毛幹部のメデュラはケラチン5とケラチン14が基本単位となり、それに他のタイプのケラチンが合流することにより細胞を構成します。
今回の研究で、線維芽細胞から発現したFGF10は、ケラチン5とケラチン14の発現量を減少させているため、外毛根鞘細胞とメデュラの形成にも確実に影響を与えます。
また、FGF10は、角化細胞のすべてのケラチンの発現量を減少させていたため、毛包における内毛根鞘のケラチン25、ケラチン71などの発現量も減少させることが考えられます。
つまり、アンドロゲンが、外毛根鞘細胞やその他の細胞におけるケラチン発現量を減少させ、外毛根鞘の構成に影響を与える可能性は非常に大きいといえるのです。
一方、エストロゲンは角化細胞のケラチン発現量への影響が少なかったため、毛包への悪影響はないと考えられます。
これらのことから、思春期に分泌が増える性ホルモンの内、エストロゲンではなく、アンドロゲンの方が毛包に対して影響を及ぼし、髪質を変化させているのではないかと推測できるのです。